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テレビ番組「ハーバード白熱教室 Justice with Michael Sandel」の聴講メモ。

- 第2回「命に値段をつけられるのか」
http://www.nhk.or.jp/harvard/lecture/100411.html
- NHK ハーバード白熱教室|番組概要
http://www.nhk.or.jp/harvard/about.html
- Wikipedia:マイケル・サンデル

ある企業のあやまち


ジェレミー・ベンサムの功利主義。
社会から苦痛を減らし幸せを増やす。
幸福が苦痛を上回る。
幸福の最大化→効用の最大化。

この考え方を企業や政府が「費用便益分析」として使っている。
実例として、チェコの喫煙を禁止すべきかどうかについてアメリカのタバコ会社が分析。

費用便益分析:喫煙(チェコ)
費用医療費の増加
便益たばこの販売からの税収と早期死亡による医療費節約、年金節約、住宅費用節約

市民が喫煙した場合の純利益:1億4,700万ドル
早期死亡による節約:1人当たり1,227ドル

このタバコ会社はメディアに叩かれ謝罪した。
命の価値が考慮されていない。

じゃあ、命の価値を加えれば良いのか?

ピントという車の事例。35年前。

この車は燃料タンクが後ろにあり追突されると炎上する。
訴えられたメーカー。
メーカーは欠点を認識していた。
後ろのタンクにガードをつけるという対策(リコール案)も検討されていた。

そのときの費用便益分析。

費用便益分析:車のリコール
費用1台当たり11ドル×1,250万≒1億3,700万ドル(安全性向上のため)
便益死者180人×20万ドル+負傷者180人×67,000ドル+2,000台×700ドル≒4,950万ドル
(注:細かい数字は曖昧です)

メーカーは車を直さなかった。
この費用便益分析が陪審員にショックを与え、判決ではメーカーに巨額の賠償金支払いを命じた。

命の価値という基準を加えたがこんな結果になってしまった。

論点:人の命を数値で表そうとすることが良いのか否か。

最近は費用便益分析に疑問がでている。
何にでも値段をつけて良いのか。

反対派意見:
最大多数の最大幸福という考え方は、少数派がないがしろにされている。

功利主義への反論:
- 個人の権利が尊重されていない
- すべての価値と好みを集計することは不可能

ソーンダイクの研究。
エドワード・ソーンダイクはあらゆるものに価値をつけることが可能という主張。
若者達に不愉快な行為のリストを渡し、いくらもらえばそれ行うかを調査。
上の歯を一本抜く、
足の小指を切断する、
15cmのミミズを生きたまま食べる、
残りの人生をカンザスの農場で過ごす、
など。
一番高かったのがカンザスで30万ドル。
次に高かったのがミミズで10万ドル。
一番安かったのは歯を抜く4,500ドル。

ソーンダイク「望みであれ満足であれ、ある程度存在していればどんなものでも測定できる!」。

ソーンダイクの研究はベンサムの功利主義を裏付けるものなのか?

高級な「喜び」低級な「喜び」


テロの容疑者を逮捕したとする。
3000人が死ぬかもしれないテロの情報を持っているかもだけど話してくれない。
容疑者を拷問することは正しいか?
個人の権利を尊重すべきか?

ドルのような単一の基準で測れるのか。
高級な喜びと低級な喜びに違いはないのか。

ベンサムは喜びの大きさと長さで測るとの考え。
この考えを表した言葉:
喜びの量が同じであれば
プッシュピンは 詩と同じように良い
ジェレミ・ベンサム, 1748-1832)
ということでベンサムは喜びの優劣を否定している。

じゃあ、邪悪な喜びにも価値をあたえるべき?

ジョン・スチュアート・ミル(1806-1873)、登場。
功利主義を血の通ったものにしようとした。
高級な「喜び」と低級な「喜び」を考慮に入れる。
ミルは道徳性の高さは功利性の高さであると考えていた。
望ましいものとは
実際に人が望むものである
ジョン・スチュアート・ミル, 1806-1873)
で、高級な「喜び」と低級な「喜び」を区別する方法はただ一つ、両方を経験をした人が判断する。
2つの喜びのうち 両方を経験したものが
全員または ほぼ全員 道徳的義務感と関係なく
迷わず選ぶものがあればそれがより好ましい喜びである。
ジョン・スチュアート・ミル, 1806-1873)

ここで実験、学生に三つの映像を観てもらう。
(1) ハムレット独白(1シーン)、
(2) フィア・ファクター(トレイラー?)、
(3) ザ・シンプソンズ(1シーン)、
どれが好きかを多数決するとシンプソンズが一番人気。
次にどれが一番価値がある(高級な経験を得られる)ものかという質問をするとシェイクスピアが一番多い。

満足した豚であるより 不満足な人間であるほうがよい
満足した愚者であるより 不満足なソクラテスであるほうがよい
その愚者が もし異を唱えたとしても
それは愚者が自分の側のことしか知らないからにすぎない
ジョン・スチュアート・ミル, 1806-1873)

私は 効用に基づかない正義の架空の基準を作り出す どのような見せかけの理論にも意義を唱える。
一方で 効用に根ざした正義ことがすべての道徳性の主たる部分であり比類なく もっとも神聖で拘束力を持つものであると考える。
ジョン・スチュアート・ミル, 1806-1873)

正義とは ある種の道徳的要請の名称であり 集合的に見れば社会的効用は ほかの何よりも大きく ほかの何よりも優先されるべき義務なのである
ジョン・スチュアート・ミル, 1806-1873)

正義を行い権利を尊重すれば社会全体が向上するのだ!
というのがミルの主張。

マイケル・サンデル / これからの「正義」の話をしよう--いまを生き延びるための哲学