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この記事、とても面白いです。

- 消えた地図記号、平成生まれの地図記号 (デイリーポータルZ:@nifty)
http://portal.nifty.com/kiji/151207195221_1.htm

で、ちょっと気になったのは中盤で出てくる品川区上大崎長者丸にあった陸軍の衛生材料廠。これって、現在の恵比寿ガーデンプレイスのような気がする。こは、明治20年から昭和の終わりまでずっとヱビスビールの工場があったはず。ビールは軍需品みたいな扱いなので当時は陸軍所轄になっていたということ?

恵比寿ガーデンプレイス近くにあった陸軍施設について

「Wikipedia:海軍大学校」によると:
1932年(昭和7年)8月27日、東京・上大崎元陸軍衛生材料廠跡に移転、同年9月1日新校舍にて授業開始。新しい海大は庁舎と呼ばれた校舎を中心に兵棋演習場、科学実験場などを備えた大規模な施設であった。

「Wikipedia:上大崎」によると:
上大崎二丁目の現在UR大規模集合住宅となっている一帯には太平洋戦争の敗戦まで海軍大学校があり、その跡地には国立予防衛生研究所および日映新社撮影所が存在していた。

衛生材料廠のあとに海軍大学校が移転してきたとのことで、ビールの話は出てこない。となるとエビス工場は戦時中は接収されて一部は他の用途に使われてたりしたのかな。それともそもそも南北で軍とエビスビールで別れていた土地なのか。

goo地図の昭和22年の空中写真を見てみると、敷地の境はわかんないけど、ビール工場と軍の施設が南北に配置されてもおかしくない感じがする。

恵比寿ガーデンプレイス近くにあった陸軍施設について

うーん、やっぱり両方あったっぽいなあ。ビール工場の後ろ(南)に軍の施設、という配置なのかな。確かに、出入り口は北側だけっぽいから安全性が高そう。南と東は崖だし、西は線路で見通しいい。要塞っぽいイメージもある。

というわけで、すっきりではないけど疑問は少し解決。機会があったらまた調べます。エビスビール記念館の展示資料もまた見てみよっと。